国際結婚:出産後に夫婦が変わったと感じる女性へ。母の日の前に見直したい家庭の○○感

あなたは母の日が近づくと、少し複雑な気持ちになりますか?
わたしはかなり長い間複雑に感じていました。
本音をここだけで書けばそんなに嬉しくなかったですねぇ(笑)
子どもからの「ありがとう」は嬉しいけれど、
夫にまで「おめでとう」と言われたいわけではない。
カードや花やケーキをもらったくらいで、今日までの疲れが吹き飛ぶわけでもない。
本音を言えば、当日価格の高価なカーネーションより先に洗濯物を畳んでほしい。
子供に「ママありがとう」と言わせる前に、夫自身が私の毎日を見ていてほしい。
そんな気持ちが出てくるのは、わがままではありません。
産後から数年の子育ては、夫婦関係をジワジワと、そしてかなり変えます。
特に国際結婚の場合、ただでさえ文化も言葉も家族観も違うところに、睡眠不足、育児、仕事、家事、実家との距離、登記登録手続きが重なったりします。
そして、自分達や子供の将来設計の不安や義務感も最初は無意識に頭の片隅に芽生えてきます。
恋愛中には魅力だった違いが、子育て期には腹の立つ違いになることは本当に多いので、まあ自然な流れとも言えますね。
だからと言って無理やりスルーしても、口論を繰り返しても、良い未来に繋がらないのも薄々感じている人は多いでしょう。
産後、夫婦関係が変わるのは珍しくない
子供が生まれる前は、夫婦の会話は全く違って、気楽で楽しいものが多かったのではないですか?
今日何食べる?
週末どこ行く?
今度の休みはどうする?
それが子供が生まれると、会話の中身が一気に変わります。
オムツ買った?
保育園いれる?いれない?
予防接種する?しない?いつ?
夜泣きの時、どっちが起きる?
夫婦の会話が、気づけば大半が業務連絡になる。
一人目の子供が生まれたばかりの時期に、ここで深く悩む日本人妻はあまりいないかもしれません。
むしろ、多くの人はこう思いますよね。
今は仕方ない。
子供が小さいのだから当然。
夫婦二人の時間なんて、しばらくなくて当たり前。
私も、それはとても自然な感覚だと思います。
子育て前期の夫婦が、恋人同士のように過ごせないのは普通です。
毎日が授乳、寝かしつけ、食事、洗濯、仕事、保育園や学校の準備で埋まっていく。
その中で、ロマンチックな会話が減ること自体は、問題の中心ではありません。
むしろ気をつけたいのは、不満さえ持たないほど「仕方ない」に慣れてしまうこと。
仕方ない。
私がやるしかない。
今だけだから。
母親なんだから。
そうやって日々を回しているうちに、自分がどれくらい疲れているのか、どこで寂しくなっているのかが分からなくなります。
夫婦関係のズレは、大きな喧嘩から始まるとは限りません。
何でもない顔で、普通に生活を回している時に、少しずつ積もっていきます。
問題は、業務連絡が増えることではありません。
その生活の中で、相手が何を抱えているのか、お互いに見えなくなっていくことです。
ルームメイト化は本当に悪なのか
「夫婦じゃなくてルームメイトみたいになってしまったと夫がぼやきます。」
カウンセリングでも、よく聞きます。
欧米的な夫婦観では、ルームメイト化は夫婦カウンセラーの間では危険信号として扱われます。
夫婦なのに親密さがない。会話がない。触れ合いがない。
それでは結婚している意味がないから、離婚危機。
欧米人夫や欧米の夫婦カウンセラーはほぼそう感じるようです。
私は少し違う見方をします。
子供が小さい時期に、夫婦が生活共同体になること自体は自然だし、「悪」ではありません。
むしろ、子供を育てるには共同運営の力のほうが必要です。
ただ、ここに落とし穴はあります。
生活は回っている。
家賃も払っている。
子供も育っている。
家の中は、なんとか毎日動いている。
ただ、その中で夫の立ち位置が少しずつ変わっていっています。
妻にとって夫は、頼れる大人というより、指示しないと動かない人になる。
言えばやるけれど、自分では気づかない人。
子供のことを可愛がるけれど、全体の流れは分かっていない人。
こちらが段取りを組まないと、結局こちらの仕事が増える人。
こうなると、妻の中で夫は「もう一人の(手のかかる)子供」に近い場所へ下がっていきます。
夫を嫌いになったというほどではない、戦力外通告しながらも「ちゃんとやってくれる」のを期待している。
大人なんだから自分のことは自分でして。
手伝うなら、私の負担を増やさない形でして。
さて、我々妻が出産育児奮闘している一方で、夫の方は別の孤独を感じています。
妻が自分を見ていない。
何をしても足りない。
頼られるというより、使われている感じがする。
家族のために働いているのに、家の中では邪魔者のように扱われる。
夫から見ると「何がそんなに不満なの?」ではなく、
「自分はこの家で何の役に立てばいいのか分からない」に近いかもしれません。
妻から見ると、
「そんなことまで私が教えないと分からないの?」
です。
ここで起きているのは、単なる育児や家事分担の揉め事ではありません。
妻は夫を頼れる大人として見られなくなり、夫は妻から信頼されていないと感じる。
子供は、親の説明よりも家の空気を覚える
子供は、小さい時から親の説明よりも家の空気を覚えます。
ママがパパの話になると顔を変える。
パパが帰ってくると、部屋の感じが変わる。
ママが夫を頼れる大人として見ていない。
パパもだんだん、家庭の中で自分の居場所を失っていく。
子供はそういう場面を、言葉になる前から見ています。
だからといって、喧嘩を一度も見せてはいけないという話ではありません。
そんな完璧な家庭は広告の中だけです。
大事なのは、その後に「我が家の普通」に戻ってこられるかどうか。
不機嫌さや諦めが「我が家の普通」になってしまう前に、夫婦の空気を一度見直すことです。
母の日は、母親がさらに頑張る日ではなく、家庭の中で当たり前になっている役割や空気に気づく日でもいいと思います。
これが続くと、夫はだんだん感情を引っ込めます。
妻も同じですが、とりあえず目の前のバトルで精いっぱいなので感情を感じている余裕はあまりないです。(良くも悪くも)
妻は育児に慣れてきた頃になって、夫が何も言わない、何も求めてこない、何か頼むとちょっと嫌そうな表情、こちらに何の興味を示さないことに気づく。
その時には夫の気持ちはかなり遠くに行っているかもしれません。
妻は必死に家庭を回している間は、寂しがる余裕すらない。
そして、夫にも自分と同じ必死さを(義務のように)求めてしまう。
だから、この人は思いやりがない、何も考えていない、気楽すぎ、と思ってしまうこともあります。
あとになって、夫がただの同居人のようになった時に、ようやくそれが自分の「寂しさ」だったとわかたりします。
長くなったので今日はここまで。
あとがき
わたし自身過去を振り返れば、夫にATM付お手伝いロボット(完璧でへこたれない)を求めていた気はします。
つまり、仕事に行って稼いでくるのは義務と責任、育児や家事の手伝いも私の許容範囲のレベルでやってほしい。言わないけど多分無意識はそう思っていたから、感謝の前にダメ出し連発でした。
これは、本当に良くないです。タイムマシンで戻ってやりなおしたいです。
今は離婚しないでくれた夫と過去の自分に感謝です。
頭で「そういうことか」とわかることと、自分の言葉でそれを言えるようになることは、また別の話です。
国際結婚や異文化の関係では、同じ出来事でも、育った環境や文化、言葉のニュアンスひとつで、受け取り方がまるで違ってくることがあります。
一人で考えていると、「私が悪いのかな」「相手がわかってくれないだけなのかな」と、同じところをぐるぐる回ってしまうことも少なくありません。
セッションでは、今何が起きているのかを一緒に見ていきながら、その方の状況に合った言葉の見つけ方や、関係との向き合い方をゆっくり探していきます。
Doing に少し疲れたときは、Being に戻る時間を持ってみてください。
一人で抱えきれないと感じたら、どうぞご相談ください。























